最近ぽっちゃりが気になるたびび君。
今回は食が魅力の台湾にトリップします。
体型を気にしながら、美味しそうな誘惑に打ち勝つことができるのでしょうか?
1話からならコチラ
目次
たびび君、少し太る?
クロが言ったひとことは、僕にとって目の前でマタタビが爆発するのと同じくらい衝撃的なことだった。
「たびび、お前太ったな」
「……え、ええええ!?」
僕は慌ててクロに抗議しようと手を動かす。確かに最近ちょっと動くのが面倒だなぁとか、最近ちょっと動きにくいなぁとか、最近ちょっとよく食べてるなぁとか思わなくもないけどそんな筈は…!
「クロ、何を言ってるんだよ。ほらいつも通りじゃないか」
「知らぬは己ばかり、だぜ? 並んでやるからそこの鏡でも見てみろよ」
ひょいっと隣に座ったクロが鏡の前で背筋を伸ばすので、僕も顔をあげて愕然とする。
前までは同じ位の細さだったのに、明らかに僕の方が横幅が大きい。
ほらな?と言いたげな鏡の中のクロと目があって、僕は思わず心で泣いてしまった。
「うわーん! 太ってるぅぅ」
「まぁ幸いなことに今は秋だし、当分は毛で誤魔化せるだろ。むしろわざと人間からモテたくてやってるのかと思ってたぜ」
「そんな訳ないじゃないか!」
僕は尻尾を立てて抗議するけれど、クロは本当かぁ?と言わんばかりに興味なさそうに自分の爪の間を舐めた。
うう、だって別の国に行っている時は色んなものを食べたり、色んな国を歩き回ったりしているんだ。
だからつい日本に帰って来ると、疲れてよく眠ったり、いつもの日本のごはんが美味しくて食べてしまうんだよ。
頭を抱えて自分の中で言い訳していると、クロがついっと先程綺麗にした前足を上げた。
「おいたびび、お前んとこのご主人が振り返って手を振ってるぜ」
「あ! ほんとだ!」
慌ててどたどたと窓ガラスにぶつかる勢いで近付くと、ご主人はそのまま人込みに紛れてしまった。いざという時に、これじゃあご主人を探したくても遅すぎて探せないや。
僕はダイエットすることを固く決意する。
勇ましく胸を張る僕を見たクロが、また隣の窓際までやってきて言った。
「友達の俺に任せろ。痩せるの手伝ってやるから」
「あ、ごめんクロ! 僕もう行かなきゃ!」
「って、待てよたびび! お前ペットホテル出られねーだろ!」
常連特権である自分用の寝床まで走りながら振り返り、慌ててこちらを見るクロへと叫んだ。
「寝に行くだけー! 起きたら頑張るからねー!」
「お前それは頑張らない奴がよく言うセリフだからなー! だから太るんだぞー!」
怒ったように抗議するクロに心で謝りつつ、僕もご主人を追い掛けるように自分の寝床で目を瞑った。傍から見たら食っちゃ寝生活なので、これは太るだろう。
よし、帰ってからダイエットするぞと思いつつ、僕は丸くなる。
待っててねご主人! いざ、台湾へ!!
たびび君、女の子を怒らせる?
ひゅーんと目を瞑っている間に飛んでいった僕は、地面にべちゃりと落っこちて思わず呻く。うう、痛みはないけど、着地も下手になったなぁ。
「うう、本当に太ってる…」
「なんですってぇ!?」
「ええっ! だっ、誰だい!?」
急に響いた声に慌てて起き上がって辺りを見渡せば、目の前には僕へと怒った様に近付く雌猫が居た。少しぽっちゃりしていて、白い毛並みに灰色の小さなブチが混じっている。
そして、何を隠そうそのオレンジ色の目は怒りで恐ろしいほど吊り上がっているのだ!
「あなたこそ誰よ! いきなり太ってるなんて失礼じゃないの!」
「わぁ! ご、ごめんよう。君じゃなくて僕に言ったことなんだ」
「あら……、そうなの」
鼻先をずいっと出して僕に近寄るので、僕は食べられるんじゃないかとドギマギしながら、慌てて言い繕った。
そうすると、きょとりとその白猫が目を瞬く。しかしすぐにプイっと顔を背けてしまった。
「紛らわしいこと言わないで頂戴」
「僕、何で怒られてるんだろう…」
「デリカシーがないからよ」
それ以上言うと今度こそ引っ掻かれそうだったので大人しく口を結んでいると、白猫は僕を改めてまじまじと見つめた。
「あなた、何だか透けてるわね。もしかして…」
「そうなんだ! 実は僕は」
「神様ね! ちょっと間抜けな神様だけど、私の願いがようやく届いたという訳ね!」
否定しようとする僕だけど、白猫は目を輝かせて僕の言葉を遮る。その凄まじい勢いに、僕は諦めて頷いた。
神様を信じる力が強いのは、台湾のお国柄なのだろうか。
「やっぱりね! 私の名前はもう知ってるかもしれないけど、リンよ!」
「僕はたびびさ。えーっと、願いって言うのは…」
「もう、口で言わないと駄目なの? だから…」
そう言って少し恥ずかしそうにふくよかな体を動かしたリンは、意を決したように尻尾を立てた。
「私、食べるのが好きだけど運動が大っ嫌いなの。だから、痩せる漢方薬を見付けて欲しいわ。あなたなら得意よね?」
「何でそう思うんだい?」
僕がリンのお悩みを聞いた後に不思議に思ってそう問うと、リンは僕に笑顔で言う。
「だってあなたはぽっちゃりの為の神様なんでしょ?」
僕の体型を見て当然という風に言われるので、僕は神様と思われたことに幸運と思えばいいのか悲しめばいいのか分からずに頭を抱えるのだった。
たびび君、迪化街《ディーホアジェ》を回る
「神様ってあんまり街を知らないのね。いいわ。面倒臭いけれど、神様の力を使ってもらうんだもの。日本とやらに行く前に街を案内してあげる。人探しはちょっと私じゃ無理ね」
「ありがとうリン」
高飛車にそう言いつつも、リンなりに街を案内しようと色々な場所へ連れて行ってくれる。ご主人探しは街を見ていたら会えるかもしれないと、望みを賭けることにした。
迪化街《ディーホアジェ》は新しいものと旧いものが融合した、とても賑わいのある街だった。
石畳みや道路が新しくキレイに舗装されていて、車一つ通れるほどの道路の両側には、赤と白レンガで出来た三階建て程の建物が並ぶんだ。
都会の様な高層ビルではないのに、どっしりとした迫力があって、しかも昔から続く古いというよりも伝統の重みが伝わる旧さだから圧巻の一言なんだよ。よく人間が写真を撮っていたけれど、僕も目にずっと映したくなったなぁ。
建物に窓がいっぱいあったり、橋の下みたいなアーチがずっと道路に沿ってまっすぐ均等に続く様子は壮観のひとことさ!
僕が見惚れていたらリンに呆れて笑われてしまったくらいだ。
それに赤や黄色の四角い看板が上にはいっぱい並んでて、その更に上の空を赤い提灯がヒモ吊りになって泳いでる様子はとっても華やかだったんだ!
僕が迪化街《ディーホアジェ》の景色を楽しんでいると、リンは色々な店を僕に紹介して回った。
リンはやっぱり食べるのが大好きみたいで、教えてくれるのはどれも美味しそうな匂いのするお店ばかりなんだ。
リンに続いて交差点の歩道に行くと、茶色のせいろがたくさん積み上げられている。
そしてそこにはひっきりなしに地元の人が入れ替わり立ち代わりやって来ていた。
小さな屋台から立ち上る白い煙は、僕の鼻を擽ってお腹の中までごろごろと鳴り出しそうなほど香ばしい匂いだ。
僕は好奇心のままにリンに尋ねた。
「ねぇリン。あれは一体何を売っているんだい?」
「あれは肉包《にくまん》を売っている店よ。皮がとってもフワフワしてて、中の肉餡の近くは肉汁が浸み込んでもっちもちになってるの。肉餡の味付けはちょっと濃いんだけど、それが美味しいのよ」
正に美食家の様にリンが語るので、僕の口の中はよだれでいっぱいになる。
食べたかったんだけれど、リンはするりと僕を置いて次はあっちよと指を差す。
「炸紅燒肉《ザーホンシャオロン》って神様は知ってる?」
「それは何だい?」
「神様って俗世のことはあんまり知らないのね。厚切りの豚をカリカリになるまで揚げてあるの。噛めば噛むほどじゅわりと肉汁が出て来るわ」
「美味しそう! 唐揚げみたいなものなんだね」
リンは手馴れた様子で色んなお店を回っては愛想よくひと口づつ貰っていた。
ご飯の他にも、お茶っ葉が何十種類と置いてあるお店だったり、色んな絵柄が書いてあるテープを人間が喜んで手に取っていたり、色んな色の褪せたパラソルがずらっと並んでて、その下で人が小さな出店を開いてる場所を回っていく。
そうして苦くて乾燥した匂いがいっぱい混じり始めた辺りで、途中からお腹いっぱいになったのか、もう動きたくないわとリンはゴロリと横になってしまった。
「神様、もう運動は嫌だわ。この先に漢方食材店がたくさんあるから、探しに行く前に私だけ先に日本へ連れて行ってくれないかしら」
「リンは本当に運動が嫌いなんだねぇ」
柔らかそうなお腹は、はぁ…としんどそうに上下している。
僕はここまできたらと神様を気取って、リンの前に座り、威張った様に咳をした。
慌てて居住まいを正すリンへと、本当は頭をぶつけるだけで大丈夫なのに変な踊りまで加えて儀式っぽくしておく。
緊張した様子のリンに最後は思いっ切り頭突きしたら、リンの身体は半透明になり、そして僕はリンの身体へと入っていた。
目の前で驚いて目をパチパチさせていたリンだが、何故か顔を顰める。
僕はてっきり喜ぶものだと思っていたので不思議に思って問い掛けた。
「あれ? 何だか浮かない顔だね」
「私ってこんなに太っていたと知ってショックなのよ! 神様! 絶対ダイエット漢方を探してきてね! 私がんばるわ!」
「う、うん、その意気だよ」
息巻くリンの様子は、まるで台湾に来る前のクロと一緒に鏡を見た僕と同じ反応だ。僕はリンの熱意に押されながらも、日本へと旅立つリンを見送って手を振るのだった。
さあて、この色んな漢方のお店からどうやって探そうか
たびび君、食べてびっくり
人間が話している言葉に耳を澄ます。
クコの実、杏仁粉、亀ゼリー、八宝粥、四物湯用生薬セット…。色合いもトマトみたいな真っ赤なものから、地面みたいな茶色のもの、蛙みたいな緑色まで様々だ。
僕は匂いも種類も色も様々な何百以上の漢方薬を前に困ってしまった。
「どうしよう。痩せる薬ってなんだろう」
そもそも、痩せる薬なんてものがあったら誰だって飲みたいに違いない。猫も杓子も欲しがるさ!
そんなもの本当にあるんだろうかと不安になっていると、こんがらがっていた僕の鼻に、嗅ぎ慣れた匂いが届く。
「ご主人だ!!」
慌てて少し重い身体で追い掛ければ、ご主人は裏の道の奥へと入って、一つの屋台で足を止めていた。
「やあ、すみません。ここで猫用の漢方を買えると聞いたんですが」
「買えるよ。目的は何だい」
「実は食べ過ぎて近頃太ってきてましてね。何か身体にいいものがあれば」
「ああ、じゃあこれでも食べさせるといい」
そう言ってぶっきらぼうなオジサンが出したのは、トカゲが真っ黒焦げになったみたいな変な形の乾燥物である。
僕が気になってみていると、オジサンと目が合った。そうしてちょうどいいとばかりに、僕の前に千切られた真っ黒漢方が投げられる。
僕が困惑して漢方とオジサンを見比べていると、オジサンは上手いこと商売口上を述べている。
「ほうら、野良猫もああやって興味深々だ。これは単純に腹がいっぱいになりやすい漢方さね。食べ過ぎて太ってるのなら、少量でお腹いっぱいにさせてやりゃあいい」
「なるほど。じゃあ買おうか」
「まいど」
ご主人が納得した様に頷く横で、僕も素晴らしいと感動しながら頷いた。
半分食べただけでも、確かにお腹にずっしり来る気がする。噛んでも味はそんなに感じない。益々凄いと感動していた時、ふと異変が訪れる。
ど、どうしよう、お腹いっぱい過ぎて動けない……っ
慌ててもがくも、ご主人はオジサンに手を振って歩きだしてしまう。
ごしゅじーん! 待ってよーう!!
しかし悲しい哉。無情にもご主人の背は人込みへと紛れてしまった。
ぐったりと地面に寝そべりながら、偶にオジサンにお腹を撫でて慰めてもらい涙を我慢する。
うう、リン食べ過ぎだよ…。僕も帰ったら絶対痩せるんだ…。あと、リンには此処のオジサン、顔に似合わず猫好きだって教えてあげよう。
オジサンの膝にまで乗せられながら、僕は諦めてリンが帰ってくるのをのんびり待つのだった。
たびび君、やせる?
「神様ー! どうだったー?」
「リン! これは凄いよ。食べたらすぐお腹いっぱいになる魔法の漢方薬さ!」
「すごーい!」
入れ替わって早速ペロリと一つ食べてお腹をさするリンは、苦しそうにしながらも「凄い!これで絶対痩せてやるわ!」と意気込んでいる。
熱意だけで脂肪が燃焼してそうだ。
「神様の住む日本は凄く綺麗なところだったわ。あれは太るのも分かるわね」
「まぁね」
若干違う日本のイメージを伝えてしまったかもしれないが、僕達は同じぽっちゃり同士すっかり意気投合した。やっぱり食事好きに悪い猫はいないと思う。
「今度会う時は痩せてるからねー!」
「うん! お互いにねー!」
僕達は明るく別れると、次の再会を約束してこうしてそれぞれ元の生活へと戻っていったんだ。
それからだって?
僕は今、ご主人の指からひったくる様に真っ黒漢方を奪ったところだよ。
「こら、たびび! この食いしん坊め!」
”ダイエットの為だから許してー!”
怒られてしまいニャー!と鳴きつつ、がじがじと漢方を噛む。すると効果はすぐに現れて、満腹でついゴロリと横になってしまう。
ふう、お腹いっぱいだぞ。
満足そうに真っ黒漢方を眺めるご主人の足元で横になりつつ、がじがじと噛んで遊んでいた口を離して僕は周囲を見渡した。
でも痩せるんだし、別腹のデザートくらいはいいよね。何にしようかな?
たびび君、台湾に行く おわり