たびび君、今回はインドネシアの島、バリを訪れます。
神々の棲む島、地上最後の楽園で、どんな出会いが待っているのでしょうか。
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目次
たびび君、バリにいく
「さぁたびび、今度はバリに行ってくるぞ。ウルワツ寺院でケチャックダンスを見てくるんだ。
海にとっても映えるそうだから楽しみでね」
ご主人、バリって何ー!? ケチャックってー!? ウルワツって何だようー!
「こらこら暴れるんじゃない。ちゃんとお土産も買うから大人しくしといてくれよ」
ご主人こそ、そんなに面白そうなのに何で大人しく連れて行ってくれないのさー!
浮かれたカラフルな半袖 T シャツに憤慨して爪を立てるも、今日も非情にも僕は置いて行かれてしまった。
こんなに可愛く僕がおねだりしているのに、ご主人は冷血漢なのかもしれない。
拗ねて丸くなっていると、隣にクロがやってきた。今日のクロは毛艶がいい。
不貞腐れる僕に反してご機嫌なクロを横目で見ると、クロは尻尾でするりと僕の鼻先を撫でた。
「へっくしょん! クロ、やめておくれよ。今日はやけにご機嫌だねぇ」
「おう、聞いてくれよ。実は俺の主人が忙しいらしくてよ。俺に当分構えねぇだと」
「それはよかったねぇ。僕なんか構って貰えなさすぎて泣きそうだよ」
「またかよ」
しょんぼりと落ち込む僕に呆れた顔のクロは、前足を舐めて掃除すると顔もくしくしと綺麗にする。
最後には背中まで毛繕いした後、こてりと首を傾げた。
「どうせ今日もふて寝すんだろ」
「するさ。こうなったらいっぱい満喫するんだ」
「寝るの位どこででも満喫できそうだがな」
「場所は大事だからね」
僕が今まで行った色んな国のことを思い出しながらそう呟くと、クロはそういうもんか?
とまた顔を小綺麗にする。その後、一つ納得した様に深く頷いた。
「確かに、寝場所ひとつ取っても俺の主人とこのペットホテルとじゃあ快適度は違うな」
「君も大変なんだねぇ」
そうと決まったらと丸くなり、僕よりも早くいびきをかき始めたクロは何だかんだ何処ででも寝れると思う。
横でスピーと鼻から気の抜ける音を出すクロを横目に、僕もご主人を追い掛けることにした。
待っててねご主人! バリへ行くぞー!
たびび君、お悩み相談を受ける
目を瞑ったまま、べちゃ!と音がしそうな程勢いよく地面に落っこちる。
「うう、痛くはないけど僕の鼻が無くなりそうだよ」
半透明の体のまま、思わず自分の鼻が付いているか確かめようとして僕はあんぐりと口を開いてしまった。
「うわぁ! なんて素敵な色の海なんだろう! まるで青空と繋がってるみたいだ!」
白い砂浜が弧を描く様に続き、水が透明だからか青色と白色が混ざってとっても綺麗な水色が視界いっぱいに広がる。
こんな綺麗な海辺を見たことがないと僕が興味深々で眺めていると、後ろからサクリと砂を踏む音がした。
「ねぇ君、大丈夫かい? さっき空から落っこちて来たみたいに見えたけど」
「わっ! だ、大丈夫だよ」
驚いて僕が飛び跳ねてしまうと、脅かしてしまったことを申し訳なさそうに猫は謝った。
僕はクリーム色だけど、細見ですらりとした学者みたいな猫は、まるで砂浜みたいな綺麗な白色だ。
「驚かしてごめんよ。僕はシバ。今はご主人に付き添って来ているんだ」
「僕はたびび。そうなんだ。君のご主人は何処にいるんだい?」
日向ぼっこする周りの人間の内の誰だろうと辺りを見回すと、シバは前足を上げて海の奥を指さした。
「僕の主人はほら、あそこさ」
「ええ? 海の上だと人間も猫も居られないだろう?」
「違う違う。ほら、よく見ると波があるだろう? あの口の中に入ったり出たりして遊ぶ度胸試しをしているんだ。
僕のご主人は勇敢なサーファーなんだよ」
「人間ってよく色々な度胸試しを思いつくねぇ」
よく見ると、何だか大きな木の葉みたいな板に乗って、人影が波から出たり入ったりしている。
一度波に食べられてしまった時はあっ!と悲鳴を上げてしまったけど、元気そうにまた波に挑んでいる。
僕は色々な遊びがあるもんだなぁと感心していたのだが、対するシバは何だか顔色が悪かった。
思わず心配になってしまう。
「シバ、君の顔色が悪いけど大丈夫かい?」
「たびび…。実は僕、海が怖いんだ。ご主人みたいに怖くなくなりたいんだけど、どうしても不気味で」
「ええ? こんなに綺麗なのに?」
「毎朝連れて来られて見慣れてるから綺麗だとは思わないけどなぁ」
浜辺にざっぱーんと打ち寄せる音に、時々不安そうになる様子はとても辛そうだ。
僕はシバの助けになってあげたいと強く思った。
よし、どうにか出来るか分からないけどやってみるぞ。
「改めて、僕は日本から海を越えて来たんだ! ねぇシバ、君の悩みを解決する代わりに僕のご主人探しを手伝って欲しいんだ!」
説明するとびっくりして僕の周りをくるくると何周もしたり、恐る恐る手がすり抜けるのを試されたけど、シバは一つ頷いた。
「生きてたら驚くこともあるもんだなぁ。分かったよたびび、よろしく頼むよ」
「こちらこそ、よろしくねシバ!」
たびび君、待ち合わせをする
シバは海は怖いけれど、お風呂や水は怖くないらしい。あの大きな海は得体が知れないからって言われたけど、あんなに綺麗なのになぁ。
僕なんかお風呂は未だに苦手だよ。クロなんかよく悲鳴を上げて逃げ回ってるくらいだ。
「そういえばシバ、ケチャッコとウルウルジーンって知ってる? 僕のご主人がそこに居るかもしれないんだ」
「もしかしてケチャダンスとウルワツ寺院かい?」
「そう! そんな名前だった!」
僕はちょっぴり恥ずかしくなって大きな声で賛成すると、シバは少し歯を見せて笑った。
でも、すぐに尻尾がうろうろとする。
「とってもいいって聞くよ。案内してあげたいんだけど、実は僕、近くの家から毎朝ご主人に
此処まで連れて来てもらうだけだから、話でしか聞いたことないんだ」
「へぇ! じゃあ明日家から抜け出して一緒に行こうよ!」
「ええ!? 明日かい!?」
僕がいい提案だとばかりに尻尾を立てると、シバは飛び上がらんばかりに驚いた。
「そんな。僕、冒険したことないよ」
「そりゃ勿体ない! 大丈夫さ。僕なんてもう四つの国へ行ったけどこうして元気だし」
目の前で足踏みしてみると、今って死んでる訳じゃないんだよねともう一度確認される。
こんな元気な幽霊がいるわけないじゃないかと呆気らかんと言うと、シバはその場で一周してそれもそうだねと頷いた。
「ああそうだ。ダンスはいつ頃始まるんだい?」
「確か日没前って聞いたなぁ」
恐らく頭のいいシバは思い出すみたいに遠くの海を眺める。
その姿と時間を聞いて、僕はいいことを思い出した。
これなら明日、シバは海が怖くなくなるかもしれない。
「じゃあ日没の少し前に此処に集まろうか。僕、いいこと思い付いたんだ!」
「なんだいたびび?」
「明日のお楽しみさ! 君のご主人が来たみたいだし、また明日ねシバ」
「……うん。分かったよたびび。また明日!」
シバのご主人は真っ黒でとても日に焼けていたから、抱えられたシバがもっと白く見えた。
いいなぁ、僕も早くご主人に会いたい。早く明日になりますように
海辺の音を聞きながらぐっすり眠りこけたり、近場の砂浜でカニみたいな生き物と遊んだりしていたら、一日は飛ぶように過ぎていった。
たびび君、感動する
「たびび、たーびび!」
「うわっ! シバ! 上手く抜けれた?」
「大丈夫だったよ。たびびこそ、よく寝てたね」
「昨日はしゃぎ過ぎてさ」
思わず照れてしまうが、シバは抜け出したことに不安そうなのが半分、興奮した様子なのが半分といった感じだ。
尻尾が落ち着かなくうろついているので、僕は大丈夫さとシバの白い背中を叩いた。
「さあ、行こうかシバ。路は分かるかい?」
「大丈夫だよたびび。……、うん、行こうか」
僕の前に立ったシバは、僕を振り返ってから今度は覚悟を決めたみたいに道案内を始めた。
でも、その道のりは中々大変だった。人間よりも足の多い僕たちだけど、やっぱり山に登るのは大変だ。それに野性の猿もいるしね! あいつらはシバと見えないけど僕に向かってよく威嚇してくるんだ。
人間達も、下の方だと暑い国の人間らしく肌の多い服がいっぱいだったのに、目的地に近付くにつれて何故か服を着込む人間が増えたからシバに聞くまで不思議だったなぁ。
「ねぇシバ、何で人間は服を着込んでいるんだい? そんなに寒くないだろう?」
「確かウルワツ寺院は人間にとって神聖な場所だかららしいよ」
「へぇ。僕の国の神様を好きな人間も、皆自分からハゲになっているからそういう神様も居るんだねぇ」
なるほどと納得していると、辺りは段々と人間でいっぱいになってきた。人間がよく使うお金を渡してたり、長々と列が出来ているのを横目に僕たちはその足元を通って寺院の中へと入っていく。
「うっわぁ! 人間がいっぱいだ! 何を見下ろして囲んでいるんだろう」
「多分あれがケチャダンス会場に違いないよ」
僕たちは顔を見合わせると、一目散に駆け出した。
段々と日が落ち始めていき、800人位の観客が幾重もの半円を描いた中心では、40人程の勇ましい男たちが何重にも輪になっている。真ん中には篝火が炊かれ、二人の妖艶な女がゆらゆらと踊り出す。
そこからはもう一時間なんてあっという間だった。
ケチャケチャケチャケチャ!!!
まるで地響きの様な男達の合掌と熱気に、僕たちは尻尾の先まで鳥肌が立って魅入ってしまう。隣に居た人間は、色んな言語で書かれたあらすじの紙なんて放ってずっとダンスを眺めていた。
始まって三十分もすると、段々と辺りが夕焼け色に染まってくる。
物語の様な舞踏も気になるけれど、僕は隣のシバに声を掛けた。
「シバ、見てごらん」
「たびび、何をだい」
「ほら、奥だよ。僕のご主人が言っていたんだ。ウルワツ寺院から見るダンスと海はとっても素敵だってね!」
僕は自信満々にダンスのその奥、まるで夕日が海の中に沈んで絵の具が溶け込んでしまった様な海を指さした。
力強くて母の心音の様な波音がここまで響く。
それは揺らめく篝火と相まって、まるで幻想的で力強い自然の美しさであった。
僕も思わず魅入っていると、隣からまるで魂の抜けたような吐息が聞こえた。
見ればクロは少し涙ぐんでいる。
「ねぇたびび。僕は今までこんなに美しい光景を見たことがなかったよ。海はとても綺麗なんだね」
「うん。怖くないさ。だってこんなに素敵なんだから」
僕がそう言うと、シバは少しの間無言で夕日が沈むまでじっとその光景を眺めていた。
ケチャケチャケチャケチャ!!!
日が完全に沈むと、明かりは闇に浮かぶ篝火だけとなる。その周りで踊る人も消えると、静かな余韻だけが息を呑むような心地よい感動と共に辺りを満たした。
全て終わり、一斉に拍手が鳴り響く。
僕たちも一緒ににゃー!にゃー!と盛大に喝采を送った。
「たびびありがとう。僕を冒険に誘ってくれて! お陰で僕は色々なことが分かったよ。
もう海は怖くないや」
「それは良かったよシバ! 僕もここまで案内してくれてありがとう。息を呑むほど感動したよ」
「また抜け出して来ようかな」
「ご主人にバレないようにね」
お互い笑い合っていると、ふと周りの人間の匂いに混じって嗅ぎなれたご主人の匂いがする。
「あれ? あ! あんな所にご主人が!」
「え! おーいたびびー!?」
「また明日の朝、あの場所で会おうね!」
「分かったよ! 君も気を付けてー!」
僕は慌ててご主人の背を追い掛けようとするんだけど、周りの人間の足が邪魔で追い付けない。
どころか僕の体を足がすり抜けるものだから、その度に僕は気持ちの悪さに立ち止まってしまう。
結局、ご主人を途中で見失ってしまった。
ごしゅじーん! と落ち込んで暫くしてから、あれ?僕ってご主人に会っても見えないやと気付いてまた余計にがっくりと落ち込む僕だった。
たびび君、帰ってびっくりする
「たびび、名残り惜しいなぁ」
「僕もだよシバ。でも顔色が良くなってて安心したよ。あれ? 濡れてる?」
「ちょっと海に足を付けてみたんだ。思ったよりも気持ちよくてびっくりした」
明るく笑うシバの毛並みは太陽を反射してより輝いて見える。
「今度はおすすめのビーチ料理を紹介するよ」
「それは楽しみだなぁ」
今回は今までと違って体が入れ替わることはなかったけど、僕たちは他の国の皆と同じ様に友達になれたに違いない。
「またねたびび!」
「またねシバ!」
お互い別れを告げると、僕はまた体を引っ張られて、目を覚ましたらいつものペットホテルに戻っていた。
僕が目を覚ますと、遠くからクロが慌てて近寄ってくる。
「たびび! 起きたか! いつまで経っても起きねぇから病院とか行ったの覚えてねぇか?」
「ええ!? 僕とっても元気だよ!?」
「そりゃあんだけ寝たらな。ふて寝を満喫しすぎて死んじまったかと思ったぜ」
呆れた様にいうクロは、ホテルのお姉さんを呼びに行く。
そうしてお姉さんの手で慌てて抱き上げられた僕は、どうやら皆から寝っぱなしで心配されていたらしい。
これはご主人にも連絡が行ってそうだなぁと、ひたすらお姉さんに点検されながら思わずご主人ごめんねぇと鳴くのだった。
たびび君、バリにいく おわり