ちょっとだけ紳士になって、イギリスを後にしたたびび君。
今度はファッションや美術、美食でも有名な洗練された国、フランスへトリップ。
お洒落な街でパリジェンヌキャットに出会い、どんな経験、お悩みを解決をするのでしょうか?
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目次
たびび君、間に落ちる
イギリスとオリバーに別れを告げ、目を閉じたたびび君。
ひゅーんと身体が引っ張られるいつもの感覚と、何故かいつもよりも時間が短い感触。
地面に降り立ったので「あれ?」と不思議に思って目を開けたたびび君は、あんぐりと目と口を開けて叫んだ。
「また日本じゃないーー?? ここ何処ーー??」
イギリスの様な灰色の石畳と、三角お屋根が立ち並ぶ街並みはまるで絵本の中の小人の家みたいで可愛らしい。温かいオレンジ色の色彩豊かな家々と、近くを橋の掛かった大きな川がゆったりと流れている。
青白赤の布が風に揺れるお店から、美味しそうなピザの香りが流れてきだしたので、日本じゃないことにたびび君は驚いてひっくり返りそうになった。
すると、慌てているたびび君の両隣から可愛らしい悲鳴が聞こえた。
「きゃ! 突然だれ!? エマ、私の後ろに来なさい!」
「お姉ちゃん、待ってぇ」
たびび君が2匹の方を向くと、そこには似たような顔立ちの黒い雌猫たちが居た。
たびび君を姉らしき猫が警戒しているが、妹の方は恐々と興味深そうに見つめている。
たびび君は2匹を警戒させない様に居住まいを正して、ぺこりとお辞儀をしてみせた。
後ろ足で立ち、オリバー仕込みの一礼だ。
「僕は日本から来た旅猫のたびびって言うんだ。驚かせてごめんよ。実は僕も困ってて、ここが何処か教えてくれないかな」
我ながら完璧なお辞儀だと思いつつ、正直に困っていると話すと、2匹は怪訝な顔をしつつも毒気を抜かれた様だった。
まだ妹を背中に庇いつつ、姉である黒猫が優雅に尻尾を振る。
「私はクロエ。こっちは妹のエマ。ここはフランスの首都、パリよ」
「フランスだって!?」
僕が改めて辺りを見回すと、なるほど、人間もブロンドの髪が多く、お洒落な黒パンツスタイルやブーツの男女も多い。
そしてあの青白赤の布模様は目印ではなく国旗だったのかと納得がいった。
僕は素直にこれまでの経緯と、ご主人探しを手伝ってもらう代わりに何かお悩みを解決すると話し掛ける。
最後まで疑い深く僕を見ていた姉のクロエであったが、エマが恐る恐る半透明の僕で遊ぶので、妹のエマを嗜めつつも信じてくれることとなった。
「へぇ、色々な国を旅してるのね」
「少し前までイギリスに居たんだ」
「イギリス! わぁ、いいなぁ~。お姉ちゃん、私も行ってみたい」
「行ける訳ないでしょ。それに私達のパリの方が素敵よ。なんて言っても花の都なんだから」
興奮する妹を落ち着かせながら、クロエは優雅に尻尾を振る。
「花の都ってなんだい?」
周囲を見回すも、花が咲き乱れている訳ではない。僕が不思議に思って尋ねると、クロエは鼻を一つ鳴らして得意げに答えた。
「パリの美称よ。華やかに栄えている様子を表しているの。日本にもあるんじゃないのかしら」
「素敵な名前だねぇ! 僕も帰ったら聞いてみるよ!」
周囲を見渡せば、舗装された道に家々、自然と調和しつつ人間の栄えた街並みが整然と並ぶ。美味しそうなご飯の匂いもね!
僕はパリの美称に納得しつつ、すっかりパリ自慢に入ってしまった2匹の話をひたすら聞いていくのであった。
たびび君、間に挟まれる
すっかり打ち解けた僕達に妹のエマはふと閃いたかの様に口を開いた。
「そうだ! お姉ちゃん! 私、ノアとお姉ちゃん達と一緒にダブルデートしたいわ!」
「エマ、あなた何言ってるの」
「ほら、そうしたらたびびのご主人さんも探せるでしょ? いいでしょ? 一度でいいからやってみたかったの! お願い!」
エマは自分の閃きが余程気に入ったのか、興奮してにゃおにゃおと叫んで姉に掴みかからんばかりである。
最初は嫌々そうなクロエであったが、エマの暴走っぷりに根負けして僕の方をチラリと向いた。
「勿論ご主人さんを探すけど、たびびもデートの間に挟まれるなんて嫌でしょう?」
「そんなことないよね!」
姉のクロエの質問を遮る様にエマが突進して来るので、僕はひとまず「だ、大丈夫だよ」と勢いよく頷いておくことにした。
そんなこんなでクロエに連れられて姉妹の彼氏と会いに行くことに。
姉妹の待ち合わせ場所まで案内して貰っていると、とても目に付く塔が見えた。
イギリスのビッグベンとはまた違う、四本脚が上に行くに連れて細くなった、まるで白い東京タワーみたいな塔。
何といっても凄いのが、半円にくり抜かれた塔の下側を道路が通っているんだ!
そしてその塔がまるで王様であるかの様に塔の周囲に建物が無くて、真っ直ぐな一本道が塔へと続いているんだよ! 道路の両脇には木々が生えているんだ!
僕は大迫力で存在を主張するその塔にすっかり目を奪われてしまった。
「ねぇ! あれは何て名前の建物なんだい!?」
「たびび知らないの? あれはねぇ、『エッフェル塔』って言うんだよ! パリで一番有名な建物なんだから!」
エマが自信満々に言うのも頷けた。
段々と近付くほどに感じる威容。下を通り抜けて上を見上げた時の感動いったらもう!!
人間が口を開けて上を見上げるのも分かってしまうというものだ。
僕が尻尾の先まで興奮しながらエッフェル塔の中を見上げていると、エマが嬉しそうな声を上げた。
そちらの方を見れば、2匹の雄猫の方へと駆け寄っている。
エッフェル塔の奥は公園の様な芝生ゾーンとなっており、奥には大きな四角い噴水もあって見晴らしがよいのだ。
小走りで追い掛けるクロエの後に続いていると、僕を紹介するエマの声が聞こえた。
「たびび、こっちが私の彼氏のノア! 隣がお姉ちゃんの彼氏のノエ! 兄弟なんだよー」
「俺が兄のノエだ。よろしく」
「僕が弟のノアだよ~。よろしくね」
2匹とも黒猫の姉妹と対になる様な白猫で、尻尾は黒と白の縞模様である。2匹ともパリらしい気障な仕草がありつつもフレンドリーに接してくれるので助かった。
安堵していると、何故か先程から遠くに居たクロエに気付いたノエが、バッと勢いよく走り出した。
「クロエ~!! 会いたかったぞ~!!」
「こないでちょうだい! まだ許してないんだからね!!」
バッチーンと走り出した勢いを見事に返す様なビンタを受けて、吹っ飛ぶ兄のノエ。驚いて目を瞬いていると、妹のエマと、弟のノアが僕の隣にやってきて呆れた様に口を開いた。
「兄がごめんね~。この前別の女の子と遊びに行っちゃったそうで。まぁ従妹なんだけどさぁ」
「お姉ちゃんまだ怒ってるみたいでごめんねぇ。たびびが居るから、今日ならって思ってさぁ」
エマとノアが申し訳なさそうにする中、めげずに食い下がるノエと冷たくあしらうクロエの2匹は盛り上がっている模様。
僕はこれは大変なお悩み相談だったぞうと間に挟まれてドキドキしながら、とりあえず2匹の喧嘩を止めに行くのだった。
たびび君、間をもたせる
「ルーブル美術館って知ってるか? 世界中に数多くある美術館の中で一番二番を争う有名な美術館なんだぜ。人間どもが喜ぶ『モナ・リザ』や『ミロのヴィーナス』も此処に展示されてるな。1回中に入ったけどよ、館内は広過ぎて1日じゃ絶対全部見ることは出来ねーよ! クロエとの出会いもそこなんだぜ!」
「今思えば悪夢ね」
「へ、へぇ~! すごいね~!」
熱心なノエに冷めた様子のクロエ。なんとか間をもたせようと頑張る僕。
見かねた妹のエマが助け船を出す。
「美術館の目の前には白くて中が透けて見えるピラミッド型のオブジェがあってね! 夜に美術館と一緒にライトアップされるととっても幻想的なんだよ!」
「アートだねぇ。僕達も今度いこっか~」
「ノア最高!!」
いちゃいちゃしている妹弟と、喧嘩中の姉兄に挟まれ胃がキリキリするたびび君。
救いの手のご主人は何処へやらと遠くをつい見やってしまう。
「『オ~シャンゼリゼ~♪』って歌を知ってるかたびび?」
「あれ? 僕聞いたことあるよ!」
「そうか! パリの名物ストリート、シャンゼリゼ通りといえばその歌だよな! この歌、実は『Oh シャンゼリゼ』って歌詞じゃなくて、フランス語で『シャンゼリゼ通りにて』って意味なんだぜ」
「へぇ~! そうだったんだ~!」
感心していると、クロエの方へとチラチラ顔を向けてアピールするノエ。涙ぐましい努力である。
すると華麗に無視を決め込んだクロエが、僕を覗き込んで囁いた。
「『シャンゼリゼ』って、ギリシャ語で『極楽浄土』って意味なのよ。日本語でもあるのでしょう? 何だかたびびとの運命を感じるわね」
「俺と2回目のデートの時にこの道を通って……」
「私、たびびを案内出来て嬉しいわ」
多くの有名ブランド店が軒を連ね、お洒落なパリジェンヌたちがバゲット片手に散歩を楽しんでいる、まさにフランスといえばの和やかな風景。
そのシャンゼリゼ通りに咲く笑顔のクロエと、嫉妬心満載の極寒のノエの視線に僕はブルリと震えた。
うう、全然和やかじゃないよう……
「ノア、貴方にこのネクタイ似合っているわ」
「エマにもこのリボンとても似合っているよ」
そんな僕を他所に、いちゃいちゃラブラブな隣のカップル。
僕はダブルデートの恐ろしさを心底痛感するのであった。
たびび君、間を取り持つ
お腹が空いた僕達はパリの名物を食べることになった。
僕はてっきりフランス料理みたいなオシャレなフルコースでもあるのかなと思っていたら、パリの名物は細長くて堅いパンらしい。その名も『バゲット』! 道行く人たちのほとんどが確かに食べているものだ。
「ええ! これって日本だとフランスパンって呼んでるよ! バゲットって名前だったんだね!」
「そうなのよぉ。野菜やハムやチーズなどを挟んだサンドウィッチスタイルも美味しいし、チョコレートを挟んだ菓子パンスタイルも人気なんだよ~」
「エマそうなんだね~」
日本でいうフランスパンだが、本場では主食として当たり前に馴染んでいるものらしい。
僕にとっては歯が立たない様な硬さだけど、クロエ達は何てことないようにガジガジと食べていて文化の差を感じたなぁ。
僕が噛み砕くことに苦戦していると、隣からノエが僕のバゲットを割ってくれた。
ノエにはてっきり嫌われてしまっていたかと思っていたので驚く。
「俺はそんな器の小さい男じゃねーぜ」
胸を張るノエに僕も感動していると、その様子を見ていたのか、ノエの後ろに居たクロエと目が合った。
バツが悪そうに顔を逸らしていたが、僕は2匹の様子を見てお互いに仲直りしたいって思ってることに気付いたんだ。
だから、僕はノエを引っ張って無理矢理クロエの前に連れて行った。
「わ! 何だよたびび!」
「ねぇクロエ! 僕の話を聞いておくれ。仲直りしないとダメだよ。僕はご主人といつも一緒に居たいけど、こうしていつも離れ離れになっちゃうんだ」
悄然とうなだれながら言うと、クロエ達は静かに僕を見ながら話に耳を傾ける。
「折角一緒に居られるなら、意地を張らずに仲直りした方がいいよ。じゃないと会えなくなった時にとても後悔すると思う」
「たびび…」
ノエが呟く様にそう言うと、意を決した顔でクロエの方を振り向いた。
「クロエすまん! あれは従妹と出掛けただけなんだ! 何の気持ちもねぇ! でも素直に謝らなかったり、先に言っとかなかった俺が悪い!」
「ノエ…。私も意地を張ってごめんね。これからも仲良くしてくれる?」
「勿論だ!!」
2匹が寄り添う様に身を寄せると、妹のエマと弟のノアも喜んで姉と兄の周りを回って祝福した。
「たびびありがとう!」
皆からお礼を言われてくすぐったくなっていると、不意に僕のよく知る香りが漂ってくる。
「おい! たびび何処行くんだ!?」
「ご主人の匂いがしたんだ! 僕会いに行ってくるよ!!」
懐かしいご主人の匂いがした瞬間、僕もいま一番会いたいご主人の元へと一目散に走り出したのだった。
たびび君、ご主人とすれ違う?
「ごしゅじーーーん、どこーーー?」
ご主人の香りを追い掛けてパリ中を走り回るも、途中で見失ってしまう。
涙声になりながら辺りをうろつき、僕は疲れて近くの路地に丸まってしまった。
「ご主人…」
僕が落ち込んでいると、ふわりと突然身体が引っ張られる感覚がする。
「え? まさかもう日本に戻るのかい!?」
慌てて地面に踏ん張ろうとするも、不思議な力に敵う筈もない。
僕はエッフェル塔と素敵な花の都を眼下に収めながら、いつの間にか風の様な速さで空を飛び、次に目を開けた瞬間には日本へと戻ってしまっているのだった。
突然のことで、中々呑み込めない。
ごしごしと目をこすり、何度も状況を確認する。
すると、2匹の姉妹よりも色が黒い黒猫が僕の傍に寄ってくる。
そう、黒猫のクロだ。
クロは呆れた顔で僕の口周りのよだれを拭くと、のんびりと口を開いた。
「今度もよく寝たなぁ。んで、今度の夢はどんなだったんだ?」
僕はパチクリと瞬きして、はぁーーーとふかーい溜め息を吐いてからクロに告げるのだった。
「英国紳士に出会って、それからダブルデートに挟まれて、喧嘩してたカップルの仲を取り持ったよ。でもご主人とは出会えなかったんだ」
「はいはい。波乱万丈なこって」
本当の話だとは丸っきり信じてないクロに不貞腐れながら、僕はご主人がペットホテルのドアを開けて名前を呼んでくれるのを今か今かと心待ちにするのであった。
【12国目 たびび君、フランス パリに行く】
おしまい