第9話 たびび君、グアムに行く

GUM

ご主人が大好きなたびび君。旅好きなご主人に似て、旅も大好きなようです。
今回は白砂のビーチと太陽が輝くグアムでお悩みを解決して大爆笑!!
どんな旅になるのでしょうか?

1話からならコチラ

目次

たびび君、恋人はご主人?

「はぁーーー」
「やぁ、クロ。どうしたんだい? そんなに深い溜め息で」

見ればクロは背中を丸めて猫背もかくやと言わんばかりである。
僕に気付いたクロは、振り向いてからいつも綺麗に整えられているヒゲをしょんぼりと垂らした。

「おう、たびびか。それがよ、俺が恋してた喫茶店の白美猫が、恋人と居るところを見ちまってよう。ショックでショックで」
「クロらしくないなぁ。いつもならそんなこと気にせず声を掛けてるじゃないか」
「俺の中でアイドルみたいなもんだったんだよ。くそう、あの雄猫め。会ったらぶっ飛ばしてやる」
「ファンは怖いなぁ」

完全なる八つ当たりだが、失恋したファンは怖い様子である。

僕はまだ若いから恋って何か分からないけど、しいて言うなら早くご主人に会いたいなぁ

そういうと、クロは呆れてお前の恋人はご主人かよと肩を竦めるだけだった。

「じゃ、おやすみ~」
「おう。起きたらお前にも女の魅力ってやつを教えてやるからよ」
「それは遠慮するよぅ」

兄貴分のクロはご主人ばかり追っかける僕が心配でならないそうだが、本当はご主人も、そして旅も大好きなのである。

僕はクロに尻尾を一振りすると、すやすやと眠りを深めていった。

そうすると体がすぅっと引っ張られる様に浮かぶ。

僕は『グアム』とやらを目指して空と海を越えてご主人を追い掛けるのだった。

たびび君、恋人たちの間に落ちる?

ひゅーんと飛んでいくと、段々空の上から、地面が見えてくる。

白い鳥居と、人間の男女が2人崖の上で寄り添っていて―――って

「わぁ! ぶつかるー!?」

思わず目を瞑るのと、恋人たちが2人で唇を寄せ合うのは同時だった。

半透明のままべちゃっと不格好に地面に着陸した僕の上で、恋人たちはいちゃいちゃと2人だけの時間を満喫中だ。

「うう、当たらなかったのは良かったけど。こりゃ酷い時間だよぅ」

見えないからお邪魔猫にもならないとはいえ、人の恋路を覗くのは居た堪れない。

思わずそそくさと退散して崖の端っこにまで寄っていると、近くから声がした。

「お前、さっき空から降って来たな! どうやって飛んだんだー!?」
「え? 君は?」

僕が慌てて振り向くと、僕と同じくらいの歳の元気そうな雄猫が居た。白地にオレンジ色のぶち模様がポップに絡んでいて、明るい印象だ。

「俺かー? 俺はいさな! このグアムのことなら何でも知ってるぜ」
「僕は日本から来た旅猫のたびびさ! 実は―――」

僕が色々と自己紹介すると、いさなは驚いて目を丸くした後でひとつ頷いた。

「じゃあ俺の悩みってのも聞いてくれねぇか?」
「もちろん僕で良ければ!」
「ほら此処って海が綺麗に見えるだろ? 人間達は恋人岬って呼んでる」

そう言っていさなは崖の上から海の方を見る。

僕は恋人岬と聞いて納得していた。何故崖の上にせり出す様に白い展望台があるのか、不思議に思っていたからだ。それなら、あの仲睦まじいカップルも、鳥居に見えた屋根の付いた場所の意味も分かる。小さな結婚式場みたいなものだ。

「確かに、こんな絶景なら誰だってメロメロになるね」

恋人岬から見える景色は絶景だ。崖の高いところにあるからか、水平線と空が遠くの方で混じるまで見渡せる。

「だろ? 俺もずっと眺めてるくらい海が好きなんだが、実は近付けない理由があってな」

声と視線を落とすいさなを驚いて見ていると、いさなは地面をカリカリと引っ掻いた。深刻そうな顔で悲痛な声をあげる。

「俺……、ナマコが怖いんだ……」
「ナ、マコ……。って、なに?」
「え? たびび知らないのか!!?」

いさなが飛び上がって僕に顔を寄せて来るが、ナマコなんて初めて聞いた言葉である。
何だか怖くなさそうな名前だけど……。

「ナマコって、黒くてうにょうにょしてて、でもゴツゴツ硬い感じなのにぶにょぶにょした見た目の、太った短い蛇みたいなやつだ!!!」
「そんな怖いものが居るのかい!?」

僕まで恐れおののいていると、いさなは真剣な顔で頷いた。

「ああ。そんな奴らが海に居るから、俺は海が大好きでも近付けねぇんだよ…」
「それは災難だね…。ナマコってやつは襲って来るのかい?」
「いや、何を考えてんのか分かんねぇけど、ジッとこっちを伺ってやがるな」
「怖い!!」

僕の頭の中では、短いけど巨大でゴツゴツした真っ黒い蛇が、お腹を空かせた目でこちらを伺っている。

尻尾の先まで毛が思わず逆立ってしまった。

「でもグアムの猫たちは皆ナマコなんか怖くねぇっていうんだ」
「そうなのかい!?」
「ああ。だから俺がおかしいのかと思ってよ」

いさなを見ると、肩を落としてしまっている。

その様子を見て、グアムの猫たちはみんな勇敢なんだろうと感心してしまった。僕なら絶対怖いから近付きたくないもんね。

でも、いさなのお悩みを解決してあげたい。

僕はむくむくと湧いてきた勇気を振り絞って、いさなに声を掛けるのだった。

「いさな。僕もナマコは怖いけど、いさなの力になりたいんだ。一緒にナマコを見に行こうよ!」

たびび君、ナマコに初遭遇

僕達は、先程の恋人岬から眺めていたビーチにやってきていた。

弧を描く様な白い砂浜と、透明度が高くて底の白い砂浜と混じった淡いスカイブルーの海はとっても美しい。人間たちは「映え! 映える~!」って言ってるけど、現地語なんだ
ろうか?

浅瀬が遠くまで続いているから、人間たちがまるで海の上に立ってるみたいだ。

「たびび、こっちにナマコがいっぱい居る所があるんだよ」

ごくりといさなが息を飲むので、僕も思わず体を伏せながら、そろりそろりと気を引き締めていさなの後を追った。

「あの黒いやつが見えるか?」

いさなが白地にオレンジのぶちがついた右手で海辺を指す。

よく見れば、確かにぽつぽつと淡い海の中に、白い紙に滲んだ墨汁の様な黒色がある。

「あれは気味が悪いねぇ」
「だろ?」

ひー、ふー、みー…と数えたら十以上だ。襲われたらひとたまりもない。人間たちはその近くで遊んでいるのだから呑気なものだ。僕達を見倣って欲しい。

「良かったぜ。俺だけがおかしいのかと思った」
「違うよ。いさなが普通なんだよ。だって僕なんてこんなに鳥肌が止まらないもの」

僕が自分の尻尾を指差すと、いさなはそれを見て声を上げて笑った。

「あっはっは。そうか。たびび、何だか気持ちが軽くなったぜ。ありがとよ。良かったらグアムの伝統料理を食わしてやるよ」
「ほんとかい!」
「勿論さ! 一番美味しい店を教えてやるぜ!」

いさなは何処か胸のつかえが取れた様に足取り軽く歩き出す。

僕はいさなの背中を追い掛けながら、一番美味しいお店ならばご主人も居るかもしれない!と、ご飯とご主人への期待に胸を膨らませるのだった。

たびび君、チャモロ料理を教えてもらう

「ここが俺のチャモロ料理オススメの店だな! チャモロ亭だ!」
「わぁ…! 凄い人気なんだねぇ…! ねぇいさな。チャモロってどういう意味だい?」
「グアムでは高貴って意味だぜ」

いさながフフンと胸を張る。看板には、英語の他にも日本語も書かれているから驚きだ。
ドレスコードもなく、カジュアルな雰囲気が人気なのか、家族連れの姿もよく見られた。

「マングローブクラブは、人間の両手の平サイズのカニだな。キラグエンってのはグアムの定番チャモロ料理のひとつで、焼いて炙ったチキンをココナッツとかと一緒に混ぜたやつ
だぜ。粉々にするしあっさり目だから、前菜みたいな感じだな。チキン以外でも魚とかも美味いぞー」
「うう、聞いてるだけでお腹が空いたよぅ」

半透明になっている時はお腹が空かないんだけど、食欲を誘ういさなの説明である。

いさなは笑いながら、「一番のオススメはあれだな」と一つを指差した。

「エビのココナッツミルク煮!! ありゃあグアムに来たなら一度は絶対腹に入れるべきだぜ!!」

そう言って慣れた様子でお店の人から一杯分もらって来てくれた。

「今日のお礼だ。食ってくれよ」

いさなは快く体を入れ替わってくれたので、恐る恐るミルク煮を覗き込む。お皿の中には猫の顔程の大きさもある赤いエビが、殻付きでくるんと横たわっている。

ひたひたのスープは柔らかなベージュ色。レモンとしし唐とほうれん草の様な具材が彩りを与えてくれている。

匂いはココナッツとエビの香りが混ざった感じだ。

「チャモロ料理は”甘い”、”酸っぱい”、”辛い”のいずれかが強く表現されてんのが特徴だな。
米が主食だから、たびびの国から来た奴等もよく喜んでるぜ」
「へぇ~! うわ! ほんとだ! 素朴な味でご飯も食べたくなる~!」

僕はいさなの言葉を聞きながら無我夢中で食べてしまう。

まろやかな味わいは日本と似てる様で違っていて、生まれて初めて食べる美味しさだったんだ。僕は簡単にぺろっと食べきってしまったんだよ。

「あっ、いさなの分も食べてしまってごめんよ!」
「いいさ。俺は慣れてるしな。寝床もいいところ教えてやるよ」

いさなは軽く笑って僕を案内する。

ご主人に会うことは出来なかったけど、いさなと出会えたことを僕は神様に感謝したんだ。

たびび君と猫ナマコ

「なかなかたびびのご主人らしき奴はいないなー」
「うーん。もう帰っちゃったのかなぁ」

いつかのナマコがいっぱい居た海辺の近くで僕達は寝転ぶ。

いさなは律儀だったので、日本に行って戻ってからも僕のご主人探しを手伝ってくれていた。

「僕、そろそろ戻ろうかなぁ」
「そうか。寂しくなるぜ」

二匹して疲れた体を浜辺に横たえていると、何故か遠くに人込みが出来始めた。

僕達には関係ないだろうと、気にせず足を伸ばして寝ておく。それに僕は人間には半透明だと見えないしね。

「かわいい~」
「映える~」

人間たちには最近『映え』というのが流行っているのだろうか。

「いさな、人間たちから人気だね」
「まぁな」

青い空とスカイブルーの水辺。白い砂浜に横たわる猫。確かにかわいいだろう。

「生猫ナマコ撮れちゃった~」
「私の方が猫ナマコっぽくない?」

えっっ!!? ナマコ!!?

僕達は人間たちがナマコと言ったことに驚いて思わず飛び上がった。

「たびび!! 猫ナマコって何だ!?」
「僕も知らないよ!? ナマコも猫になるのかい!?」

慌ててキョロキョロと周囲を探ると、何故か人間たちは残念そうな声をあげている。

「ああー。起きちゃった。もう、騒ぎすぎたからよ~」
「それはそっちもでしょ」
「でもこの背中撮れたしいっか。アップしちゃお」
「私も~」

僕達は思わず顔を見合わせた。

「いさな。もしかするともしかして、君って猫ナマコだったんだね」
「俺もよく分からねぇけど、生まれて初めて知ったぜ」

ぽかーんとお互いの顔を見合わせていたのだが、次第に何故か腹の底から笑いが込み上げてくる。

「ふっ…、ふふ、ふふふふ。いさな……、ナマコって……」
「ちょっ、ははっ…、たびび、ひでぇって……はははっ」

次第に肩で笑うだけじゃ済まなくて、お腹を抱えて二匹して砂浜を笑い転げた。

あんなに苦手だし怖いと思っていたナマコに似ているなんて、しかも、いさなだと黒どころか白ナマコだから面白い。

何か分からぬツボにハマって笑い続けた僕達だったが、ようやく笑いが落ち着いた後でいさなは涙を拭きながら僕に言った。

「たびび、ありがとよ。何だかナマコが怖くなくなっちまったぜ。だって俺もナマコだもんな」
「ふふっ、僕も恐くなくなっちゃったよ。また、次は一緒に海で遊ぼうよ」
「おう!」

いさなが見送りがてら尻尾を振ってくれる中、僕はゆっくりと目を閉じる。

すると、体が引っ張られる感覚がした。

僕はその感覚に身を任せて、清々しい気持ちで段々と空に浮かんでいく。

ご主人は見つけられなかったけど、今日もいいことをしたぞーと心持ち胸を張る。

ひゅーんと体が飛んで行く感じはいつもと同じだ。

さぁ、起きたらクロに何て言おう!と思って目を開けた僕は、またあんぐりと顎が外れそうな程に口を開けた。

何故かって?

何故なら僕の目の前で、三匹の雌猫と人間の女性三人が、草を腰と胸に巻いてフラフラと踊っていたからさ!!

「ここどこーー!!?」

いつかと同じ様に叫ぶ僕の近くで、看板がパタパタと風に揺れる。

『ハワイ ホノルルへようこそ!!』

たびび君の度は、どうやらまだ続くようである。

9国目 たびび君、グアムに行く

おわり?

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