第3話 たびび君、タイに行く

Thailand

今回は「微笑みの国」タイで、冒険をします。果たしてどんなお悩みを解決できるのでしょうか?
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目次

たびび君、タイに行く

「たびび、それじゃあタイに行ってくるよ。微笑みの国と言ってね。歴史ある寺院があったり物価も安いところで、前々から行ってみたかったんだ」

 お土産期待してろよと言って笑うご主人の顔は、今から楽しみで仕方ないと言わんばかりにデレデレだ。

 ご主人! 微笑みどころか顔が崩壊してるよ! 聞いたらもっと行きたくなったのにー!
 
 断固抗議すると鳴いて訴えるが、頭がもげそうな程わしゃわしゃと撫でられる。薄情なご主人は寂しがって憤慨する僕など気にも留めず、意気揚々とあの青い箱をガラガラと引っ張って行ってしまった。

「よおたびび、相変わらずお前の所の主人は旅好きだなぁ」
「やあクロ、それには僕も同感だよ」

 クロの声は呆れ半分、羨ましさ半分だ。僕としては不本意いっぱいだが。
 相変わらずのペットホテル仲間のクロは、本日も女主人の魔の手から逃れたばかりだからか、自分の背中を労わるように舐めている。最近小さな毛の生えない部分が出来てショックらしい。

 首の後ろあたりにその小さなハゲを発見してしまい、思わず不憫になってしまった。舐めてあげたのだが、どうにも敏感になっているようで苦手らしい。

「うう、俺の美毛が」
「僕のツナをあげるから元気だしなよ」
「ありがとよ」
 
 前足で僕のお皿をクロの前まで持っていくと、クロは僕のお皿から先に食べ始める。いつもよりも威勢はないが、こんな時でも強かなので多分元気になるだろう。
 
 そんなクロを横目に、僕もご主人を追いかけるぞと気合を入れる。段々と慣れてきて、僕が行きたい!と思えば行けるようになってきた。

「じゃあクロ、僕は寝るね」
「おう、次の飯の時間まで寝てたら起こしてやるよ」
「ありがとう」

 その時は僕じゃない別の猫かもしれないけどという言葉は飲み込んで、僕は前足を組んでその真ん中に頭を置いた。微かに色んな猫の匂いがする毛布のゆりかごは、今日も寝心地抜群である。

 そうしてゆっくりと意識が遠のいて、半透明になった僕は寝ている僕を上から見下ろす。そうすると、すぐに僕の体は強い力に引っ張られて、海を越えて行った。

 待っててねご主人!

たびび君、危機一髪!

勢い込んだ僕だったのだが、事態はそう簡単じゃなかった。気付けば僕は木の傍へと上から落っこちてたんだ!
 地面に落ちると目の前には勢いよく猫キックを繰り出す、見るからに一般猫とは違うムキムキの猫が居て……

「うわあ!? 蹴られるー!?」
「ああ!? 急になんだー!?」

 ズッシャアッと凄まじい音を立てて僕の顔の横スレスレに三本の傷が走る。どうやら何故か後ろ足で立って木に猫キックを繰り出していたらしい。急な事態に僕の瞳孔は開いて毛が逆立ちっぱなしだ。しかし対する猫キック猫も、僕が急に現れたからか、バランスを崩して背中から倒れてしまっている。

「いてて。急に来て変な奴だなぁ。あっち行ってろ……、って、何だ? 掴めねえ」
「あれ?」
 
 背中を打って痛そうにしていた猫は、僕を見て怒った顔をした後にそのムキムキの腕を伸ばした。思わず縮こまって猫の腕を避けようとしてふと気づく。

 あれ?そういえば僕は蹴られてもすり抜けるんだった。
 慌て過ぎてすっかり忘れていたようだ。これなら怖くないぞ

 現金なもので、さっきまで体躯が鍛えられ過ぎたこの雄猫にびびっていたのだが、痛くないのなら大丈夫である。僕は先ほど悲鳴を上げた恥ずかしさを誤魔化すように何度か咳払いした後、改めて目の前で訝しそうに僕を見る雄猫へと声を掛けた。

「僕はたびび! 日本からご主人に会いにやってきたんだ。君の名前は?」
「俺かあ? 俺はチャイだ。ここでムエタイを極めてんだ」
「ムエタイ?」
「ああ。見てろよ」

 そういうと、チャイはふううと思いっきり息を吸い込んだ。チャイの白グレイ茶で三毛柄の体毛が五割増しに膨らんで見える。僕は剣呑な鋭い眼光の前から慌てて逃げ出した。
 すると先ほどと同じ二本の後ろ脚で立ったチャイは思いっきり叫んで木から伸びた枝へと回し蹴りを繰り出したんだ!

「ホアッチャイ!」
「うっわー! 木の枝が折れたー!」

 またすってんころりんと転がって恥ずかしそうにしたチャイだが、ひとまずこくりと頷いて見せた。

「おう。これがタイ400年の歴史を持つ格闘技だぞ。人間が使ってて格好いいからな、俺も日夜練習してんだ」
「凄いねぇ。僕初めて見たよ! これなら敵なしじゃないか」

 僕が感動してチャイを褒めると、チャイは機嫌良さそうに鼻の穴を膨らませた。でも、すぐに肩を落としてしまった。僕は不思議に思ってつい声を掛けてしまう。

「どうしたんだい。何か困ったことでもあるのかい」
「お前に言っても仕方ないんだけどよ。俺はムエタイ最強の猫キックを編み出したいんだ。でも今のままだと片足で立つと俺はすぐにこけてしまう。これじゃあ最強の猫キックとは到底言えねぇ」

 折れた木の枝を前足で叩いて落ち込むチャイに、僕は俄然猫の手を貸してあげたくなった。何が出来るか分からないけど、一緒に考えてみよう!

「ねえチャイ! 僕は色んな猫の悩みを解決してるんだ。よければ僕が解決してみせるよ! 代わりに、僕のご主人探しを手伝ってくれないかな」
「本当かたびび。おう、幾らでも協力してやるよ」

 任せとけと力こぶをみせるチャイの胸筋は、僕の2倍以上のムッキムキ具合である。思わず、僕、早まったかも…と少し尻尾が小さくなるたびび君でした。

たびび君、タイを回る

「入れ替わりだっけか? その前にタイを案内してやるよ。こっちだ」
「待ってチャイ! どこ行くんだい?」
「水上マーケットさ! たびび!」

 チャイは笑って意気揚々とパイプとか竹みたいな細い木で出来た家々の屋根を渡る。密集してるから渡りやすいけど、下を覗けば人はいっぱいだし結構暑い。僕ははぐれまいと必死に着いて行くと、次第にちゃぽちゃぽと水音が聞こえてきた。

 近付いてとても驚く。

「川の上にあんなにボートが乗ってる! ぶつかったりしないのかい!」

 見れば人の横幅ぴったりしかない笹の葉みたいな木のボートに、お地蔵さんみたいな帽子を被った人間が一人乗り、木の櫂で軽快に水をかいている。ボートからは果物やら野菜やら魚やら、色とりどりで美味しそうな匂いがいっぱい漂ってきた。

「大丈夫だって。慣れたもんだよ。どれ、俺らも行くか」
「ええっ、あの中に行ったら潰されてしまうよ」

 僕がおっかなびっくり叫ぶと、こっちに観光用のボートがあるんだよとチャイは張り切って飛び出した。

 ボートの上からは「いらっしゃい! 美味しいよー!」と明るい声が木霊する。ボートが三艘並ぶとぎゅうぎゅうの川の両脇には、観光客やお店の人がいっぱいいて、みんな楽しそうに船乗りを呼び止めて買い物をしていた。

 僕は段々と楽しくなって、思わずスキップしたくなった。

「おーい、たびび、こっちだこっち。ここの船長は俺の子分だからな、毎度乗せてくれるんだ」
「チャイ凄いねぇ」

 チャイはムキムキだからだろう。真っ黒な人間のおじいさんは、チャイと僕が乗っても気にせずぼんやりと過ごし、人間が乗ってきてからゆっくりとボートを動かした。まあ僕の姿は人間には見えないんだけどね。

 水面が近くてぐらぐらと揺れる。でも、地面にいるより風が冷たくてとっても気持ちいい!
 
 僕は撫でられているチャイを横目に川面近くの魚を目で追いかけていると、ふと聞き覚えのある声がした。
 見ればちょうどボートですれ違った背中が見える。ってあれはご主人!?

 ごしゅじーん!! 僕はここだよー!!

 にゃーにゃー叫ぶけど、今の半透明状態じゃ気付きようもない。当のご主人は呑気に船乗りから解説されて、もっともらしく頷きながら行ってしまった。あれはご飯を考えてる顔に違いなかったのに

 折角会えたのにと落ち込んでいると、チャイが人間から逃げて僕の横に座った。

「まぁ会えてよかったじゃねーか。俺の悩みについては、何かいい案は浮かんだか」

 その言葉にハッとする。
 そうだ、僕はまだお悩みを解決してなかった。

 その日、うんうんと川面を眺め過ぎて落っこちそうになったりと色々あったけど、結局いい案はこれっぽっちも思い浮かばなかった。

たびび君、お悩みを解決する

「たびび、本当に大丈夫か?」
「うん、やれるだけやってみるよ」
「おう」

 チャイと頭をぶつけると僕とチャイが入れ替わる。日本の話を聞かせると、チャイは僕を心配しつつも目を輝かせて日本へと飛んで行った。

 僕はチャイの体で四本足のままその場で飛び跳ねてみる。
 僕だったら絶対届かない場所までジャンプできるのだからとっても楽しい!

 えいっと猫パンチを繰り出すと、木の枝が凄い勢いで飛んで行った。
 やっぱりチャイのパワーはとっても強いようだ。

 僕は意気込むと、遅る遅る二本足で立ってみようとした。でも、幾らチャイの体が慣れてるといっても、目線が急に高くなるし、何より体がふらふらしてとっても覚束ない!

 チャイはよくこんな怖いこと出来るなぁと感心してしまった。

「最強の猫キックってなんだろう」

 僕は見様見真似で何とか後ろ足で立って木を蹴ってみるのだが、木に届かないどころかすってんころりんと転んでしまう。

「うーん、尻尾でバランスを取ろうにも手足がまだ足りないし」

 片足に尻尾を足しても二本分じゃあ結局転んじゃうやと頭を抱えていると、僕はふと思った。
 
「あれ? ムエタイ最強の猫キックなんだから、何も人間の真似なんてしなくていいんじゃないかな」

 そう思って僕は考えた通りにやってみる。すると、木の枝どころか細い木の幹がバキッと変な音を立てるものだから、僕は歓声を上げてしまった。

「やったあ! 完成したぞ!」

 でも、僕はとんでもない猫を生み出してしまったかもしれない。

たびび君のお土産は?

「たびび! お前の体って動きづらいなぁ。あんなに太ってたらダメだぞ。俺が少し鍛えてやったから」
「チャイと比べたら誰だって太ってるよう」

 僕は思わず悲鳴を上げてしまうが、チャイは日本に満足した様子である。
 王様気分を味わえたらしい。

「そうだ。たびび、最強の猫キックはできたのか? 無理だったら仕方ないからいいんだぞ」
「チャイ見てて!」

 諦めた様子のチャイだったが僕の言葉にハッとして顔を上げた。僕は近くの大きな木に向かって一気に駆け出す。

「おいたびび! ぶつかるぞ!」
「ほあったーい!」

 チャイが思わず耳を押さえる程のバキバキッという音が木霊した。びっくりした鳥が木から慌てて逃げていく。
 
「これが最強の猫キックだよ! 僕らは人間よりも凄い四本足なんだ。だから後ろの両足で蹴ったら木だってイチコロさ!」
「凄いなたびび! 考えも付かなかったぜ!」

 チャイは俺もやってみたいと目を輝かせた。そう、僕は思いっきり走った後、木の前でくるりと後ろを向いて思いっきり両足で後ろ蹴りしたんだ! そうすると細い枝どころか、細い木だって折れるんだよ。
 これなら最強の猫キックにふさわしいと自画自賛していると、チャイがぶつかってきて僕はチャイの体から追い出されてしまった。

 慌ててチャイの方を見ると、もう試してみたいのかその場でぴょんぴょん跳ねている。

 僕が見守っていると、チャイは大きな木へと勢い良く走り出して―――

「ホアアッチャーイ!!!」

 まるで雷が落ちたみたいな音がして、僕たちが初めて出会った木の幹が大きく抉れてしまったんだ。
 僕は顎が外れそうになって、最強の猫キックはチャイで決まりだとすぐに思ったよ。
 チャイが近付いて来るときは、すり抜けると分かってるのに尻尾が小さくなって仕方なかったや。

「たびび、ありがとよ。俺はこれを更に極めるぜ!」
「う、うん。ほどほどにね」

 一応言ったのだが、既に素振りしているチャイは気にしてなさそうである。僕はタイ人のことを心配しながら、こうして日本に帰ることになったんだ。

「じゃあなたびび! 元気でな!」
「うん! チャイも!」

 体がびゅーんと引っ張られる。
 川を越えて、水上マーケットを越えて、海を越えて目を開ければ、もう僕の住む日本だ!

「あれ? クロ、なんでそんなに逃げるのさ」
「何でってそりゃあよ。お前を起こしたらいきなり太ってる! 鍛えねば! って俺まで一緒に筋トレさせてくるからだろ」

 嫌嫌そうに毛繕いするクロに僕が冷や汗をかいていると、僕を呼ぶ声がする。

 ご主人だ!

 慌てて駆け出そうとして全身に痛みが走った。思わず悲鳴を上げていると、クロが呆れた顔で言う。

「そりゃあんだけ走り幅跳びだのスクワットだのしてりゃあ筋肉痛になるぜ」
「そ、そんなぁ」

 僕が四肢を投げ出して悶絶していると、ひょいっと抱き上げられた。落ち着いた匂いにほっとして喉を鳴らす。

「たびびどうした。休憩中かい」

 その逆だよご主人。体が緊張中さ

 ご主人は力の抜けた布団みたいな僕を抱きかかえてから、僕の頭に何かを乗せた。
 何だろうと思わず爪で引っ掻く。

「これは水上マーケットの近くで買ったんだ。小さな編み笠はほら、僕とお揃いだぞ」

 僕が地蔵さんの帽子だと思ったやつが、今僕の目の前と頭の上にある。
 
 僕はタイを思い出して思わずはしゃいでしまった。

 ご主人ありがとう!と飛びついたまでは良かったんだけど、瞬間、筋肉痛にすぐノックアウトされてしまって「にゃー!」という悲鳴がペットホテル中に響きましたとさ

 たびび君、タイに行く おしまい

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